労務費転嫁指針は2025年12月26日に改正が公表され、2026年1月1日の取適法の施行に合わせて同日付で改正された。発注者が協議に応じず取引価格を据え置く行為は、取適法上の「協議に応じない一方的な代金決定」として問題となるおそれがあると指針は整理している。価格転嫁が進まなければ賃上げ原資が削られ資金繰りを直撃するため、交渉準備と資金調達を並行する必要がある。
要点
この記事で先に確認すること
- 労務費の転嫁率(2026年3月調査)
- 50.0%(前回の2025年9月調査と同じ)
- 出典: 経済産業省・中小企業庁「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査の結果」2026年6月26日公表(meti.go.jp/press/2026/06/20260626003/20260626003.html)
- 全体の価格転嫁率(2026年3月調査)
- 54.2%(前回から約1ポイント増)。原材料費55.7%・エネルギーコスト48.9%
- 出典: 経済産業省・中小企業庁「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査の結果」2026年6月26日公表(meti.go.jp/press/2026/06/20260626003/20260626003.html)
- 取適法の施行日
- 2026年1月1日(旧下請法から名称・規制内容を改正)
- 出典: 政府広報オンライン「2026年1月から下請法が取適法に」
- 労務費転嫁指針の最新改正日
- 2026年1月1日付(2025年12月26日公表。内閣官房・公正取引委員会)
- 出典: 公正取引委員会報道発表「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針の改正について」(2025年12月26日)・指針本文の表紙「改正 令和8年1月1日」
SECTION 01
2026年1月1日付改正のポイントと取適法との連動
労務費転嫁指針は2023年11月に内閣官房と公正取引委員会が初めて策定し、発注者・受注者双方の「12の行動指針」を示してきた。今回の改正は2025年12月26日に公表され、2026年1月1日付で行われた。同日に施行された中小受託取引適正化法(取適法、旧下請法)に合わせて、記載が見直されている。
受注者から労務費の上昇を理由に協議の要請があったのに、発注者が協議に応じず一方的に取引価格を据え置く行為は、取適法上の「協議に応じない一方的な代金決定」として問題となるおそれがあると明記された。ただし取適法上の問題になるのは、製造委託・役務提供委託など取適法の対象となる取引に当たる場合に限られるため、自社の取引が対象かを先に確かめておきたい。取適法の対象外の取引でも、発注者の取引上の地位が受注者に優越している場合は、独占禁止法上の優越的地位の濫用として問題となるおそれがある。
受託側が指針に基づいて準備すべきこと
指針は受注者に対し、国・地方公共団体や中小企業の支援機関などに相談して情報を集め、交渉に臨むことを求めている。根拠資料には、最低賃金の上昇率や春季労使交渉の妥結額などの公表資料を用いるとしている。価格交渉の記録を作り、発注者と受注者の双方で保管することも、共通の取組として挙げている。
一方で発注者には、受注者からの申入れの巧拙にかかわらず協議することを求めている。指針は、根拠資料を用いずに交渉して価格転嫁が認められる場合もあるとしている。
SECTION 02
価格転嫁が進まない場合の資金繰り影響と対応策
中小企業庁が2026年3月の価格交渉促進月間について行った調査では、労務費の転嫁率は50.0%で前回と同じだった。それでも上昇分の半分は受託側が負担している計算になる。転嫁できない分は利益を削るため、賃上げの原資と運転資金が同時に不足しやすい。
価格交渉と並行して、賃金支払いの平準化や季節的な売上変動を補う運転資金を確保する選択肢を準備しておくことが、交渉中の体力切れを防ぐ実務的な備えになる。
使える資金繰りの選択肢
短期の賃金資金需要には、メインバンクに当座貸越枠の引き上げを相談する方法がある。信用保証協会のセーフティネット保証(経営安定関連保証)は、市区町村長の認定を受けた中小企業者が対象だ。たとえば5号は、国が指定した業種に属する中小企業者向けの区分だ。
5号の要件は、最近3か月の売上高等が前年同期比5%以上減っていることか、原油等の仕入れ価格の上昇を製品等の価格に転嫁できていないことのどちらかだ。転嫁できていない費用として挙がっているのは原油等で、労務費は挙がっていない。季節要因が重なる業種では、季節資金型の融資商品で繁忙期前にまとめて手当てする方法もある。
SECTION 03
価格交渉促進月間と相談窓口の活用
中小企業庁は、価格の改定が多い4月と10月の前月にあたる毎年3月と9月を「価格交渉促進月間」に設定し、広報や講習会を行っている。月間の終了後には受注側の中小企業へフォローアップ調査を行い、業種別・都道府県別の価格転嫁率のランキングを公表している。発注者ごとの回答状況をまとめた「発注者リスト」も公表される。
2025年11月28日に公表された2025年9月の価格交渉促進月間の調査結果では、都道府県別の価格転嫁率のランキングが初めて公表された。
取引上の悩みは、中小企業庁の委託事業「取引かけこみ寺」に相談できる。2026年1月1日に「下請かけこみ寺」から名称が変わったが、相談を受ける役割は変わらない。相手方が大企業で交渉が膠着している場合は、月間前に資料を整え、月間中に協議を申し入れて記録を残す方法もある。
SECTION 04
人件費増と価格改定の時間差を資金繰りへ入れる
労務費の価格転嫁を進めても、交渉開始から新単価での請求・入金までには時間差があります。従業員区分ごとの賃金、法定福利費、採用・教育費の増加を月次で計算し、現行価格のまま支払が先行する期間の不足額を確認してください。
取引先との協議では、原価の内訳、改定希望時期、対象業務、前提となる公表資料を整理し、面談や回答の記録を残します。融資を使う場合は恒常赤字の穴埋めと区別し、価格改定が反映されるまでの一時的な運転資金として、返済開始後の収支を説明します。
SOURCES
この記事で参照した根拠
- 01
労務費の転嫁率(2026年3月調査)
出典: 経済産業省・中小企業庁「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査の結果」2026年6月26日公表(meti.go.jp/press/2026/06/20260626003/20260626003.html)
- 02
全体の価格転嫁率(2026年3月調査)
出典: 経済産業省・中小企業庁「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査の結果」2026年6月26日公表(meti.go.jp/press/2026/06/20260626003/20260626003.html)
- 03
取適法の施行日
出典: 政府広報オンライン「2026年1月から下請法が取適法に」
- 04
労務費転嫁指針の最新改正日
出典: 公正取引委員会報道発表「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針の改正について」(2025年12月26日)・指針本文の表紙「改正 令和8年1月1日」
数値・制度は変更される場合があります。確認方法と訂正方針は 運営・編集方針をご覧ください。
FAQ
よくある質問
Q労務費転嫁指針は法的拘束力がありますか?▼
指針そのものは行政指針ですが、2026年1月施行の取適法に合わせて改正され、受託側からの協議の求めに応じず一方的に価格を据え置く行為は、取適法上問題となるおそれがあると整理されました。指針に沿わない行為で公正な競争を阻害するおそれがある場合、公正取引委員会は独占禁止法と取適法に基づき厳正に対処するとしています。
Q受託側として価格交渉で何を準備すれば有利になりますか?▼
指針は受注者に対し、根拠資料には最低賃金の上昇率や春季労使交渉の妥結額などの公表資料を用いるよう求めています。自社のコスト構造を開示すると、逆に発注者から原価低減を求められる可能性もあると指針は注意しています。交渉の記録を作成し、発注者と受注者の双方で保管することも求められています。
Q取引先が大企業で交渉に応じない場合の相談先はありますか?▼
中小企業庁の委託事業「取引かけこみ寺」と、公正取引委員会の相談窓口が相談を受け付けています。価格交渉促進月間(毎年3月・9月)の後のフォローアップ調査でも、受注側の中小企業は主な発注者(最大3者分)との価格交渉・価格転嫁の状況を回答できます。受注側の中小企業10社以上から主要な取引先として挙げられた発注者は、回答状況が「発注者リスト」で公表されます。
Q価格転嫁できない期間の資金繰りはどうすべきですか?▼
当座貸越枠の引き上げや季節資金型の短期融資などで、一時的な賃金資金を確保する方法があります。信用保証協会のセーフティネット保証は市区町村長の認定が必要です。たとえば5号の要件は、売上高等の減少か、原油等の仕入れ価格の上昇を価格に転嫁できていないことです。
労務費を転嫁できていないことは要件に挙がっていません。価格交渉と並行して資金調達準備を進めることで、交渉中に運転資金が枯渇するリスクを下げられます。
Q2026年3月時点の労務費転嫁率はどれくらいですか?▼
中小企業庁が2026年3月の価格交渉促進月間について行い、2026年6月26日に公表した調査では、労務費の転嫁率は50.0%で、前回の2025年9月調査と同じでした。全体の価格転嫁率は54.2%、原材料費は55.7%、エネルギーコストは48.9%です。同じ調査では業種別・都道府県別の価格転嫁率のランキングも公表され、上位と下位の都道府県で20%以上の差があります。
これらの数字は、自社の交渉実績と比べる目安になります。
Q取適法と旧下請法では何が変わりましたか?▼
2026年1月1日に下請法は中小受託取引適正化法(取適法)に改正され、適用対象の拡大と禁止行為の追加が行われました。労務費転嫁に関しては、協議に応じない一方的な代金決定が明確に問題行為として位置づけられた点が受託側に直接影響します。
関連する用語
この記事に出てくる用語を確認する
関連記事
次に確認したい記事
福井県の制度融資ガイド|中小企業金融制度のメニューと申込手順
福井県中小企業向け制度融資を解説。県・金融機関・福井県信用保証協会の連携と、経営安定資金・中小企業育成資金(限度額8,000万円)・資金繰り円滑化支援資金など令和8年度メニューの条件、県内金融機関を起点にした申込手順を整理します。
経営セーフティ共済(倒産防止共済)の借入活用|取引先倒産と一時貸付
経営セーフティ共済(中小企業倒産防止共済)の借入機能を実務目線で解説。取引先倒産時の共済金借入(掛金10倍・上限8,000万円・無利子)と平時の一時貸付金(760万円・期間1年)、節税と2024年10月の再加入規制まで網羅。
減価償却の戦略的設計:銀行評価と税効果のバランスを取る方法
減価償却(定額法・定率法・特別償却)が銀行の財務評価と税負担に与える影響を解説。償却前利益・自己資本・キャッシュフローへの効き方から、融資を意識した償却方法の選び方までまとめました。
ESG融資と中小企業:銀行の評価軸はどう変わるか
ESG融資の概念と中小企業への影響を解説。環境省「ESG地域金融実践ガイド」と金融庁の動きを踏まえ、銀行融資審査で変わる評価軸と中小企業の準備ポイントをまとめました。