インボイス制度施行後の中小企業資金繰り対策:取引先別キャッシュフロー悪化への対応
公開: 2026-06-05
インボイス制度施行後、免税事業者からの仕入れで控除できない消費税は経過措置の段階縮小により年々増えていく。発注側は取引先別に「控除できない消費税=実質コスト増」を試算して運転資金・納税資金の融資設計に反映し、受注側は2割特例終了後の納税額増に備えるのが要点だ。
この記事のポイント
インボイス制度(適格請求書等保存方式)の施行日
2023年(令和5年)10月1日に施行。適格請求書発行事業者でない者(消費者・免税事業者等)からの課税仕入れは、原則として仕入税額控除の対象外となる
出典: 国税庁「適格請求書等保存方式(インボイス制度)」公式情報(nta.go.jp)。経過措置については国税庁「消費税の仕入税額控除制度における適格請求書等保存方式に関するQ&A」問113(nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/pdf/qa/113.pdf)
免税事業者等からの仕入れに係る経過措置(当初スケジュール)
2023年10月1日から3年間(令和8年9月30日まで)は仕入税額相当額の80%、2026年10月1日からの3年間(令和11年9月30日まで)は50%を仕入税額として控除可能とされ、その後は控除不可とされていた
出典: 国税庁「消費税の仕入税額控除制度における適格請求書等保存方式に関するQ&A」問113・経過措置(nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/pdf/qa/113.pdf)
令和8年度税制改正による経過措置の見直し(控除割合と期間)
令和8年10月から2年間は70%、令和10年10月から2年間は50%、令和12年10月から1年間は30%、令和13年10月以降は0%(控除廃止)に段階的に見直された
出典: 国税庁「令和8年度税制改正特集」インボイス制度の経過措置の見直し(nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/invoice-review/index.htm)
2割特例(小規模事業者の負担軽減措置)の内容と適用期間
免税事業者からインボイス発行事業者となった小規模事業者は、納付する消費税額を売上税額の2割とできる。適用対象期間は令和5年10月1日から令和8年9月30日までの間の各課税期間
出典: 国税庁「2割特例(インボイス発行事業者となる小規模事業者に対する負担軽減措置)の概要」(nta.go.jp/publication/pamph/shohi/kaisei/202304/01.htm)
3割特例の創設(令和8年度税制改正)
インボイス発行事業者の登録により免税事業者から課税事業者となった個人事業者は、令和9年分・令和10年分の消費税申告について、納付税額を売上税額の3割とできる特例が新設された
出典: 国税庁「令和8年度税制改正特集」3割特例の創設(nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/invoice-review/index.htm)
免税事業者との取引価格引下げに関する独占禁止法・取適法上の整理
課税事業者になるよう要請すること自体は独占禁止法上問題とならないが、応じなければ取引価格を引き下げる等と一方的に通告することは問題となるおそれがある。再交渉が形式的で、仕入側の都合のみで著しく低い価格を設定する行為は優越的地位の濫用に該当しうる
出典: 公正取引委員会ほか「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」(令和4年1月19日公表・令和8年1月30日改正/jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/invoice_qanda.html)
インボイス制度がキャッシュフローを悪化させる仕組み
インボイス制度は2023年10月1日に施行され、適格請求書発行事業者でない者(免税事業者等)からの課税仕入れは原則として仕入税額控除の対象外となった。資金繰りに直結するのは「控除できなかった消費税が発注側の実質コストとして残る」という一点だ。これまで仕入額に上乗せして支払っていた消費税相当額は、納税時に売上に係る消費税から差し引けたため最終的な負担にならなかった。しかし免税事業者への支払いでこれが控除できなくなると、その分は値引きで取引先に負担してもらうか、自社が呑むかのどちらかになり、後者の場合は手元キャッシュが純減する。重要なのは、この負担が一度に発生するのではなく経過措置の段階縮小に沿って年々増えていく点だ。発注側は「いつ・どの取引先で・いくら」のコスト増が起きるかを取引先別に把握しておかないと、毎期じわじわとキャッシュが目減りする状態になる。一方、受注側(免税事業者から課税事業者になった小規模事業者)は2割特例で納税額が抑えられている間に、特例終了後の納税資金を確保しておく必要がある。
控除できない消費税が「実質コスト増」になる経路
免税事業者へ税込110万円を支払う取引を例にとる。インボイス制度前は、このうち消費税10万円を売上に係る消費税から控除できたため、発注側の実質負担は本体100万円だった。制度施行後の経過措置では、控除できる割合に応じて控除できない部分が自社負担になる。控除割合が80%なら控除できないのは消費税の20%(2万円)、50%なら5万円、30%なら7万円、0%になれば10万円全額が控除できず実質コスト増として残る。つまり同じ取引先・同じ取引額でも、経過措置の段階が下がるほど発注側が負担する消費税は増える。この増分は損益計算書では仕入や外注費の増加として現れるだけで「消費税負担が増えた」とは見えにくいため、資金繰り表で取引先別に切り分けて把握することが対策の出発点になる。
取引先別キャッシュフロー悪化の試算手順(発注側)
発注側がまず行うべきは、仕入・外注先を「適格請求書発行事業者」か「免税事業者等(インボイスを発行しない相手)」かで仕分けることだ。控除できない消費税が発生するのは後者との取引に限られるため、ここを取引先別に台帳化する。次に、各免税事業者への年間支払額(税込)と、その時点で適用される経過措置の控除割合から「控除できない消費税額=実質コスト増」を算出する。経過措置は令和8年10月から70%、令和10年10月から50%、令和12年10月から30%、令和13年10月以降は0%へと段階的に下がるため、向こう数年分のコスト増を時系列で並べると、どの年にいくらキャッシュ負担が増えるかが見える。さらに、令和8年度税制改正では「一のインボイス発行事業者以外の者からの課税仕入れの合計額(税込み)が、その年又は事業年度で1億円を超える場合には、その超えた部分の課税仕入れについて経過措置を適用できない」とされており、免税事業者への発注が大きい企業は1億円超の部分は控除割合に関わらず全額自己負担になる点も試算に織り込む。
免税事業者へ年間税込1,100万円(消費税相当100万円)を支払う場合の控除できない消費税額の推移(経過措置の見直し後スケジュール)
| 期間 | 仕入税額控除の割合 | 控除できない消費税(実質コスト増) | 資金繰りへの示唆 |
|---|---|---|---|
| 〜令和8年9月 | 80% | 約20万円 | 当初スケジュールどおりの負担水準 |
| 令和8年10月〜令和10年9月 | 70% | 約30万円 | 見直しで当初の50%より負担が緩和 |
| 令和10年10月〜令和12年9月 | 50% | 約50万円 | 負担がほぼ半分まで拡大 |
| 令和12年10月〜令和13年9月 | 30% | 約70万円 | 控除縮小が加速する局面 |
| 令和13年10月〜 | 0% | 約100万円 | 消費税相当が全額自己負担になる |
取引先との価格交渉と独占禁止法・取適法の線引き
控除できない消費税の負担を、発注側がそのまま免税事業者への値下げで押し付けることはできない。公正取引委員会ほかが公表する「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」では、課税事業者になるよう要請すること自体は独占禁止法上問題とならないとしつつ、「課税事業者にならなければ取引価格を引き下げる」などと一方的に通告することは独占禁止法上又は取適法上問題となるおそれがあると整理している。価格の引下げ自体も、再交渉が形式的なものにすぎず、仕入側の都合のみで著しく低い価格を設定して、免税事業者が仕入れ時に支払っていた消費税額も払えないような価格にした場合は優越的地位の濫用に該当しうるとされる。逆に、仕入税額控除が制限される分について免税事業者側の消費税支払いも考慮したうえで双方納得して取引価格を設定すれば、結果的に価格が下がっても問題ないとされている。つまり発注側のキャッシュフロー対策は「一方的な値引き」ではなく「双方が納得する価格再設定」と「不足分を自社の資金計画で吸収する設計」の組み合わせになる。原価上昇の根拠提示を含めた価格協議の進め方は /guide/price-transfer-negotiation も参照してほしい。
発注側がコスト増を吸収する側の資金手当て
価格に転嫁しきれず自社が吸収する控除不能消費税は、運転資金需要の増加として表れる。対応は固定額の長期借入を増やすより、必要な月だけ引き出せる当座貸越契約や短期継続融資など弾力的な枠を確保するほうが利息負担を抑えやすい。経過措置の段階が下がる時期(令和8年10月・令和10年10月・令和12年10月)に向けて負担が増える見通しが立っているため、その節目の前に資金繰り表で不足月を試算し、メインバンクへ枠の設定・拡大を相談しておく。日本政策金融公庫(jfc)や商工組合中央金庫(shoko-chukin)など、運転資金に対応する政府系金融機関も相談先の選択肢になる。
受注側(免税事業者から課税事業者になった事業者)の納税資金対策
取引先からインボイス発行を求められて課税事業者になった小規模事業者は、これまで納めていなかった消費税を新たに納税する立場になる。負担を抑えるのが2割特例で、令和5年10月1日から令和8年9月30日までの間の各課税期間について、納付する消費税額を売上税額の2割とできる。問題はこの特例が令和8年9月で終わる点だ。終了後は本則課税か簡易課税で計算することになり、課税売上高や事業区分によっては納税額が増える。令和8年度税制改正では、免税事業者から課税事業者となった個人事業者について令和9年分・令和10年分の申告で納付税額を売上税額の3割とできる「3割特例」が新設されたが、いずれの特例にも適用対象や期間の要件があるため、自社が対象になるかは確認が必要だ。受注側の資金繰り対策は、特例で納税額が軽い間に「特例終了後に増える納税額」を試算し、その差額を毎月積み立てるか、納税資金として短期の借入枠を確保しておくことに尽きる。消費税は預かった税金を納めるという性質上、運転資金に紛れて使ってしまうと納税期に資金ショートを起こしやすいため、売上入金から消費税相当分を分けて管理する運用が有効だ。
よくある質問
Qインボイス制度はいつから施行され、何が資金繰りに影響しますか?▼
インボイス制度(適格請求書等保存方式)は2023年10月1日に施行された。資金繰りに影響するのは、免税事業者等からの課税仕入れが原則として仕入税額控除の対象外になる点だ。控除できなかった消費税は発注側の実質コストとして手元キャッシュから出ていくため、免税事業者との取引が多い企業ほど負担が表面化する。
Q免税事業者から仕入れた場合、消費税はどの程度控除できますか?▼
経過措置により一定割合を控除できる。当初は2023年10月から3年間が80%、2026年10月からの3年間が50%とされていたが、令和8年度税制改正で見直され、令和8年10月から2年間70%、令和10年10月から2年間50%、令和12年10月から1年間30%、令和13年10月以降は0%(控除廃止)という段階スケジュールになった。控除できない割合が増えるほど発注側の消費税負担が重くなる。
Q取引先別にキャッシュフロー悪化を把握するにはどうすればよいですか?▼
まず仕入・外注先を適格請求書発行事業者か免税事業者等かで仕分け、控除できない消費税が発生する免税事業者との取引を台帳化する。各取引先への年間税込支払額と、その時点で適用される控除割合から「控除できない消費税額」を算出し、経過措置の段階が下がる時期に沿って数年分を時系列で並べると、どの年にいくら負担が増えるかが見える。これを資金繰り表に反映するのが基本だ。
Q免税事業者に消費税相当分の値引きを求めても問題ありませんか?▼
一方的に「課税事業者にならなければ価格を引き下げる」と通告したり、仕入側の都合だけで著しく低い価格を設定したりすると、独占禁止法上の優越的地位の濫用や取適法上の問題となるおそれがある。一方、控除が制限される分について相手方の消費税負担も考慮し、双方納得のうえで価格を再設定すれば、結果的に価格が下がっても問題ないとされる。詳細は公正取引委員会のQ&Aを確認し、価格協議の進め方は価格転嫁交渉の解説ページも参照してほしい。
Q控除できない消費税を自社で吸収する場合、どんな融資が向いていますか?▼
吸収分は運転資金需要の増加として表れるため、固定額の長期借入より当座貸越契約や短期継続融資など必要な月だけ引き出せる弾力的な枠が向いている。経過措置の段階が下がる節目(令和8年10月・令和10年10月・令和12年10月)の前に資金繰り表で不足月を試算し、メインバンクや日本政策金融公庫・商工組合中央金庫などに枠の設定や拡大を相談しておくとよい。
Q免税事業者から課税事業者になった場合、2割特例の終了後はどう備えればよいですか?▼
2割特例は令和8年9月30日までの各課税期間で適用でき、納付税額を売上税額の2割にできる。終了後は本則課税か簡易課税で計算するため納税額が増えることがある。個人事業者には令和9年分・令和10年分について売上税額の3割とできる3割特例が新設されたが、対象要件の確認が必要だ。特例で納税が軽い間に終了後の納税額を試算し、差額を積み立てるか納税資金枠を確保するのが現実的な備えになる。
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