棚卸資産の評価と決算・融資ガイド|在庫が利益と評価を動かす
公開: 2026-06-08
期末在庫の評価額が大きいほど売上原価が小さくなり、利益は増える(逆も同じ)。在庫評価は決算の利益・自己資本・銀行評価を直接動かすレバーだ。評価方法の選定・届出、評価損の損金算入要件、在庫回転期間という銀行の着眼点を、国税庁ルールに沿って整理する。
この記事のポイント
売上原価の計算式
売上原価=期首棚卸高+当期仕入高-期末棚卸高(期末在庫が大きいほど売上原価は小さく、利益は大きくなる)
出典: マネーフォワード クラウド会計「期末商品棚卸高とは?」(売上原価の基本式)
税法上の評価方法
原価法6種(個別法・先入先出法・総平均法・移動平均法・最終仕入原価法・売価還元法)+低価法。法人税法施行令第28条
出典: 法人税法施行令 第28条(棚卸資産の評価の方法)/国税庁 法人税基本通達 第1款 原価法(nta.go.jp)
届出をしない場合の法定評価方法
評価方法の届出書を提出しない場合は「最終仕入原価法による原価法」が自動適用される
出典: 国税庁 C1-25 棚卸資産の評価方法の届出/A1-18 所得税の棚卸資産の評価方法の届出手続(nta.go.jp)
評価損が損金算入できる事実
災害による著しい損傷・著しい陳腐化・季節商品の売れ残り等の事実が必要。単なる価格変動や過剰生産だけでは認められない
出典: 国税庁 法人税基本通達 第2款 棚卸資産の評価損(nta.go.jp 09_01_02)
期末在庫の評価額が利益を動かす仕組み
在庫は「資産」であると同時に「まだ費用化されていない仕入」だ。売上原価は「期首棚卸高+当期仕入高-期末棚卸高」で計算するため、期末在庫の評価額が大きいほど差し引かれる売上原価が小さくなり、売上総利益(粗利)が増える。逆に期末在庫を小さく評価すれば売上原価が膨らみ利益は減る。つまり期末在庫の評価額は、当期の利益・法人税額・損益計算書の見え方を直接動かすレバーになる。この関係を理解しないまま在庫管理を「現場の作業」と捉えていると、決算の数字が意図せず動いて銀行評価に響く。
利益が増えれば自己資本も厚くなる(ただし税負担も増える)
期末在庫を大きく評価して利益が増えれば、その利益は純資産(自己資本)に積み上がり、自己資本比率は改善する。銀行は自己資本の厚さを返済余力の土台として見るため、表面上は評価が上がる方向に働く。一方で利益が増えれば法人税・住民税・事業税の負担も増える。在庫評価は「利益・納税・銀行評価」の三者をまたいで効くため、節税だけを狙って恣意的に動かすと別の面で歪みが出る。実態に即した評価を継続することが、結局は決算の信頼性を高める。
在庫はキャッシュではない
帳簿上の利益が増えても、在庫が売れて入金されない限り現金は増えない。むしろ仕入代金は先に支払うため、在庫が積み上がるほど運転資金は圧迫される。「黒字なのに資金繰りが苦しい」典型例が、売れ残り在庫への資金固定だ。利益(損益計算書)と資金(資金繰り)は別物であり、在庫評価が利益を押し上げていても、その利益が在庫という換金性の低い資産に閉じ込められていれば返済財源にはならない。銀行もこの点を見ているため、利益額と在庫水準はセットで説明できる状態にしておきたい。
税法上の評価方法と届出ルール(国税庁基準)
棚卸資産の評価方法は、法人税法施行令第28条で「原価法」と「低価法」に大別される。原価法は取得価額をどう計算するかで6種類が認められている。①個別法(取得価額を個別に管理)②先入先出法(先に仕入れたものから先に払い出したとみなす)③総平均法(期中の総仕入額を総数量で割る)④移動平均法(仕入の都度、平均単価を更新)⑤最終仕入原価法(期末に最も近い仕入単価で評価)⑥売価還元法(売価に原価率を乗じて原価を逆算、品種が多い小売向け)。低価法は、選定した原価法による取得価額と期末時価を比べ、いずれか低い方を評価額とする方法で、含み損を当期に反映できる。
届出をしないと「最終仕入原価法」が自動適用される
評価方法は、事業の種類ごと・棚卸資産の区分ごとに選定し、所轄税務署へ「棚卸資産の評価方法の届出書」を提出する必要がある。届出をしなかった場合、または届け出た方法以外で計算した場合は、法定評価方法である「最終仕入原価法による原価法」が自動的に適用される(法人・個人事業とも同様)。最終仕入原価法は計算が簡単なため実務で広く使われているが、期末直前の仕入単価が他の在庫にも一律適用されるため、価格変動が大きい商品では実態とずれることがある。どの方法が自社の実態に合うかは、品目の性質と価格変動の大きさで判断する。
評価方法は届出の手続きと適用時期を最新情報で確認する
評価方法を新たに選定・変更する場合の届出書の様式や提出期限、低価法の適用範囲は税制改正で変わり得る。届出書の提出期限(設立後最初の確定申告期限まで等)や変更承認申請の要否は、必ず最新の国税庁情報または顧問税理士に確認してから手続きを進めること。本記事は2026年6月時点の国税庁公表内容に基づくが、自社の決算で実際に適用する際は、対象事業年度時点の最新ルールを一次情報で照合する前提で読んでほしい。
不良在庫・滞留在庫の評価損と「粉飾」の境界線
売れ残った不良在庫・長期滞留在庫を取得原価のまま計上し続けると、資産も利益も実態より大きく見える。これを適正に落とすのが評価損(評価減)だ。ただし税務上、評価損を損金算入できるのは限定された事実があるときに限られる。国税庁の法人税基本通達では、災害による著しい損傷、著しい陳腐化(型崩れ・モデルチェンジで通常価額で売れない等)、季節商品の売れ残りで過去の実績から通常価額で販売できないことが明らかな場合などが挙げられている。逆に、単なる物価変動・過剰生産・建値の変更だけを理由とした評価損は認められない。実態のない在庫を抱えたままにせず、要件に該当する在庫は適切に評価損を計上することが、決算の正確性と銀行からの信頼を保つ。
過大な在庫計上は粉飾につながる
評価損を計上すべき不良在庫を放置したり、架空・水増しの在庫を計上して利益を膨らませる行為は、典型的な粉飾決算だ。一時的に自己資本比率や利益を良く見せられても、銀行は在庫回転期間の異常や棚卸明細との不整合からこれを見抜く。一度「在庫で利益を作っている」と疑われると、その後の融資審査は格段に厳しくなり、既存融資の見直しにも及ぶ。本記事は在庫評価を操作する手法を案内するものではない。狙うべきは「実態どおりに評価し、なぜその水準なのかを説明できる状態」をつくることだ。
評価損計上は要件と証憑を揃えてから
評価損を損金として認めてもらうには、該当する事実(陳腐化・破損・季節落ち等)と、期末時価(処分見込価額から見積追加費用・直接経費を控除した額)の根拠を示せる証憑が要る。廃棄処分による損失なら、期末日までに実際に処分を完了し、廃棄業者の証明書等を保存しておく。要件判断や時価の見積りは税務調査でも論点になりやすいため、計上前に顧問税理士と要件該当性を確認し、写真・処分伝票・販売実績などの資料を整えておくことが安全だ。
銀行は在庫回転期間で「在庫の質」を見る
銀行は決算書の在庫金額そのものより、在庫回転期間(棚卸資産÷月商、または売上原価÷平均在庫の回転率)の推移を重視する。売上が伸びていないのに在庫だけ増えていれば「滞留在庫が利益と資産を水増ししている」疑いを持つ。逆に在庫が増えていても売上が同じペースで伸びていれば「増加運転資金」として正当な資金需要と評価される。決算書を提出する際は、在庫の内訳(売れ筋の積み増しか、滞留分か)と回転期間の説明資料を添えることで、評価のブレを防げる。在庫評価方法を毎期一貫させ、評価損も実態どおり計上していれば、回転期間の数字に説得力が生まれる。
在庫評価の状態と銀行評価への影響
| 在庫の状態 | 決算への影響 | 銀行の見方 |
|---|---|---|
| 実態どおりに評価・回転良好 | 利益・資産が実態に一致 | 増加運転資金として正当に評価 |
| 滞留在庫を原価のまま放置 | 資産・利益が過大に見える | 在庫回転悪化で粉飾を疑われる |
| 要件該当の在庫に評価損計上 | 当期利益は減るが実態を反映 | 決算の正確性として信頼が増す |
| 架空・水増し在庫の計上 | 利益を不正に膨張 | 発覚すれば融資見直しの対象 |
よくある質問
Q期末在庫を多めに計上すると利益が増えるのはなぜですか?▼
売上原価が「期首棚卸高+当期仕入高-期末棚卸高」で計算されるためです。期末在庫を大きく評価すると差し引かれる売上原価が小さくなり、その分だけ売上総利益(粗利)が増えます。逆に期末在庫を小さくすれば売上原価が膨らみ利益は減ります。利益が動けば法人税額も連動します。
Q在庫の評価方法は自由に選べますか?届出は必要ですか?▼
原価法6種(個別法・先入先出法・総平均法・移動平均法・最終仕入原価法・売価還元法)と低価法から、事業や棚卸資産の区分ごとに選定できますが、所轄税務署への届出が必要です。届出をしなかった場合は法定評価方法である「最終仕入原価法による原価法」が自動適用されます。様式や期限は最新の国税庁情報で確認してください。
Q低価法とは何ですか?原価法とどう違いますか?▼
低価法は、選んだ原価法で計算した取得価額と期末の時価を比べ、いずれか低い方を評価額とする方法です。原価法は取得価額のまま評価するのに対し、低価法は時価が下がった分の含み損を当期に反映できます。値下がりした在庫を抱える業態では、低価法を選ぶことで実態に近い評価ができます。適用範囲は最新ルールの確認が必要です。
Q売れ残った不良在庫は評価損で落とせますか?▼
常に落とせるわけではありません。国税庁の通達では、災害による著しい損傷・著しい陳腐化・季節商品の売れ残りで通常価額で販売できないことが明らかな場合など、限定された事実があるときに損金算入が認められます。単なる物価変動や過剰生産だけでは認められないため、要件該当性と時価の根拠を顧問税理士と確認してから計上してください。
Q過大な在庫計上はなぜ問題なのですか?▼
評価損を計上すべき不良在庫を放置したり、架空・水増しの在庫を計上して利益を膨らませると、利益と自己資本が実態より大きく見える粉飾決算になります。銀行は在庫回転期間の異常や棚卸明細との不整合から見抜くため、一度疑われると融資審査が厳しくなり、既存融資の見直しにも及ぶリスクがあります。実態どおりの評価が最善です。
Q銀行は在庫のどこを見て融資審査しますか?▼
在庫金額そのものより在庫回転期間(棚卸資産÷月商)の推移を重視します。売上が伸びないのに在庫だけ増えていれば滞留を疑い、売上と同ペースで増えていれば増加運転資金として正当に評価します。在庫の内訳(売れ筋か滞留分か)と回転期間の説明資料を添え、評価方法を毎期一貫させることで評価のブレを防げます。
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