ベンチャーデット:エクイティ調達を補完する成長期スタートアップのデット戦略
公開: 2026-05-21
ベンチャーデットはVC調達を「置き換える」のではなく「補完する」デット型ファイナンス。新株予約権を付与することで金融機関側のアップサイドを確保し、株式希薄化を抑えながらランウェイを延長する。日本政策金融公庫の新株予約権付融資(中小企業事業・最大20億円)、あおぞら銀行系のベンチャーデットファンド、みずほFGの専用審査体制が国内の主要な提供チャネルになる。
この記事のポイント
公庫 新株予約権付融資の融資限度額
最大20億円(中小企業事業・2024年2月拡充。運転資金・設備資金とも最長20年・据置最長10年)
出典: 日本政策金融公庫 中小企業事業 新株予約権付融資(スタートアップ支援資金)/複数解説(マネーフォワード・司法書士法人永田町事務所等)でも確認
公庫 資本性ローンの融資限度額
中小企業事業で15億円(新規開業・スタートアップ支援資金と同じ資金使途。返済期間5年1ヶ月以上20年以内・期限一括・無担保無保証人)
出典: 日本政策金融公庫 挑戦支援資本強化特別貸付(jfc.go.jp/n/finance/search/57.html)
あおぞら銀行系ベンチャーデットの開始時期
2019年にあおぞら企業投資が国内先行で運営開始(現在3号ファンドまで設定)
出典: あおぞら銀行公式(aozorabank.co.jp/hojin/financing/debt/)/日本経済新聞・FastGrow等の業界レポート
あおぞら銀行×DBJ共同ファンド
2025年2月設立 初期出資50億円・将来100億円規模への増額方針
出典: DBJ News(dbj.jp/topics/dbj_news/2024/html/20250228_205173.html)/日本経済新聞 2025年2月報道
みずほFGのベンチャーデット体制
2022年4月にイノベーション企業審査室を新設しスタートアップ向け融資の専門審査を集中(UPSIDERと100億円規模ファンド組成等)
出典: 日経ビジネス(business.nikkei.com)/ニュースイッチ(newswitch.jp/p/38134)
新株予約権付融資の制度開始年
2007年(日本政策金融公庫が提供開始。2024年2月に中小企業事業で最大20億円へ拡充)
出典: マネーフォワードケッサイ/司法書士法人永田町事務所等の制度解説(複数ソース共通記述)
ベンチャーデットとは:エクイティと普通デットの間にある第3の資金調達
ベンチャーデットは、VC(ベンチャーキャピタル)からのエクイティ調達を実施済み、あるいは並行して実施するスタートアップに対して、金融機関が無担保・低利率の融資を提供し、見返りに新株予約権(ワラント)を付与してもらうハイブリッド型のファイナンス手法だ。普通の銀行融資(プロパーデット)は決算実績・担保・キャッシュフロー黒字を前提とするためVC調達期の赤字スタートアップは利用できない。一方、純粋なエクイティ調達のみで資金を伸ばすと、ラウンドごとに既存株主の持分が希薄化(dilution)していき、創業者・初期投資家のリターンが目減りする。ベンチャーデットはこの2つの問題を同時に解決し「VCからの株式調達で得た自己資本を裏付けに、金融機関から追加の運転資金を借りる」「金融機関は将来のIPO時に新株予約権でアップサイドを取る」という構造で機能する。
エクイティ・ベンチャーデット・普通デットの比較
| 項目 | エクイティ調達 | ベンチャーデット | 普通デット融資 |
|---|---|---|---|
| 提供主体 | VC・CVC・エンジェル | 政府系・銀行系VDファンド・専門投資家 | 銀行・信用金庫・公庫 |
| 返済義務 | なし | あり(期限一括または分割) | あり(毎月返済) |
| 株式希薄化 | 大(持分譲渡) | 小(新株予約権分のみ) | なし |
| 担保・保証 | 不要 | 原則無担保・無保証人対応 | 担保・保証が一般的 |
| 対象企業 | 成長性重視(赤字OK) | VC調達済み・成長期スタートアップ | 黒字・決算実績ある中小企業 |
| コスト | 配当・持分譲渡 | 金利+新株予約権 | 金利のみ |
日本政策金融公庫の新株予約権付融資・資本性ローン:制度の中核
国内のベンチャーデット供給で最大の制度的バックボーンとなっているのが日本政策金融公庫だ。「新株予約権付融資」と「挑戦支援資本強化特別貸付(資本性ローン)」の2制度を組み合わせることで、エクイティ的な性格を持たせた長期・無担保資金を引き出せる。新株予約権付融資は2007年に提供開始され、2024年2月に中小企業事業の融資限度額が最大20億円へ拡充された(運転資金・設備資金ともに最長20年・据置最長10年)。申込企業が新たに発行する新株予約権を公庫が取得し、見返りに無担保で資金を供給する仕組みで、無保証人で利用できる。資本性ローン(挑戦支援資本強化特別貸付)は、調達した資金が原則として自己資本とみなされるため自己資本比率を毀損せず、5年1ヶ月以上20年以内の期限一括返済・業績連動金利・無担保無保証人で設計されている。中小企業事業では融資限度額7,200万円(別枠)で利用でき、他の融資制度の残高と関係なく重ねて使える。
スタートアップが2制度を組み合わせるパターン
プレシリーズA〜シリーズBの成長期スタートアップでは、①資本性ローン(最大7,200万円・別枠)で自己資本を厚くしつつ②新株予約権付融資で本体の運転資金・設備資金を長期で確保する、という2段構成が現実的だ。資本性ローンは負債計上されるが金融機関の自己査定上は自己資本とみなされるため、後のエクイティ調達時に「自己資本比率が改善した状態」でVCとの交渉に臨める。新株予約権付融資側は最長20年・据置10年の超長期設計で、製品開発・人員拡大に資金を投じてからの返済開始が可能になる。
民間金融機関のベンチャーデット:あおぞら銀行・みずほFG・りそな銀行
民間金融機関でも、政府系の供給に加えて独自のベンチャーデット枠を展開する動きが2019年以降本格化している。あおぞら銀行は傘下のあおぞら企業投資を通じて2019年に国内で先行してベンチャーデットファンドの運営を開始し、現在は3号ファンドまで設定。2025年2月にはあおぞら銀行と日本政策投資銀行(DBJ)が新たなベンチャーデットファンドを設立し、初期出資50億円・将来100億円規模への増額方針を公表した。みずほフィナンシャルグループは2022年4月に「イノベーション企業審査室」を新設してスタートアップ向け融資の専門審査体制を構築し、UPSIDERとの100億円規模ファンド組成などを通じてベンチャーデット領域を拡大している。りそな銀行もみずほFG・りそな銀行による100億円規模のファンド設立に参画している。これら民間チャネルはVCラウンド調達済み・IPO志向のスタートアップを主な対象とし、新株予約権付融資・転換社債(CB)・スタートアップ向け事業性融資を組み合わせて提供している。
主要なベンチャーデット供給主体(2026年時点)
| 供給主体 | 主な商品 | 対象 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 日本政策金融公庫(中小企業事業) | 新株予約権付融資・資本性ローン | 創業期〜成長期スタートアップ | 限度額20億円(新株予約権付)・最長20年 |
| あおぞら銀行(あおぞら企業投資) | ベンチャーデットファンド3号・DBJ共同ファンド | IPO志向の国内ベンチャー | 2019年国内先行・新株予約権付融資中心 |
| みずほFG | イノベーション企業審査室経由のベンチャー融資 | シリーズB以降・大型調達 | UPSIDERと100億円ファンド組成等 |
| りそな銀行 | みずほFGと共同100億円規模ファンド | シリーズB以降 | 2024年以降参入を本格化 |
| 商工組合中央金庫 | 組合員スタートアップ向け融資 | 組合員企業のスタートアップ | ベンチャーデットサミット2026に登壇 |
ベンチャーデットを設計する3つの判断軸:いつ・いくら・どのチャネルで
ベンチャーデットを実務で使う際は「いつ実行するか」「いくら調達するか」「どのチャネルで調達するか」の3軸を、エクイティ調達計画と連動させて設計する必要がある。タイミングは「エクイティ調達直後3〜6ヶ月以内」が定石で、自己資本が厚い状態のほうが金融機関側のリスク評価が低くなりレートも有利になる。金額は「直近のエクイティ調達額の20〜50%」がベンチャーデット業界の経験則で、これを超えると返済負担が次ラウンド前に重くなりすぎる。チャネルは「中小企業事業の新株予約権付融資(最大20億円・低利・長期)」を起点とし、規模が公庫枠を超える場合や担当者ネットワークの観点で民間(あおぞら・みずほ)を併用するのが現実的なパターンになる。VC側との事前合意(金融機関に対する情報共有・新株予約権発行の承認)も必須で、エクイティ調達契約のターム交渉時点でベンチャーデット併用方針を盛り込んでおくと後の交渉摩擦を回避できる。
ベンチャーデットで避けるべき落とし穴
実務で頻発する落とし穴は3つある。①エクイティ調達の代替としてベンチャーデットだけで成長資金を賄おうとする(普通デットの返済負担で資金繰りが崩壊する)、②新株予約権の行使条件を交渉せずに金融機関有利の条件を飲んでしまう(IPO時のアップサイドが想定以上に金融機関に移転する)、③公庫1本に頼って民間チャネルとの関係構築を後回しにする(IPO直前期の追加調達ルートが細る)。これらを避けるには、調達前にCFO・経営企画担当者がVDの構造を理解し、財務アドバイザー・専門の弁護士を入れた上で条件交渉を行うことが必須になる。
よくある質問
Qベンチャーデットは普通の銀行融資と何が違いますか?▼
普通の銀行融資は決算実績・担保・キャッシュフロー黒字を前提とするためVC調達期の赤字スタートアップは利用できない。ベンチャーデットはVC調達済みであることを前提に、新株予約権(ワラント)を金融機関に付与する見返りで無担保・低利率の融資を実行する設計で、金融機関側は将来のIPO時にワラントでアップサイドを取る。
QVC調達せずにベンチャーデットだけで成長資金を賄うことはできますか?▼
原則として不可能。ベンチャーデットは「VC調達で厚くなった自己資本を裏付けに金融機関が追加融資する」構造で機能するため、エクイティ調達がない状態だと金融機関側のリスク評価が成立しない。エクイティ調達を代替する手段ではなく、エクイティ調達のランウェイを延長する補完手段として使うのが定石。
Q日本政策金融公庫の新株予約権付融資はどんな企業が使えますか?▼
中小企業事業の対象企業で、新規性のある事業に取り組むスタートアップが主な対象。申込企業が新たに発行する新株予約権を公庫が取得することが条件で、無担保・無保証人で最大20億円(2024年2月拡充)まで利用できる。実務上はVC調達実績または明確な事業計画・成長性を求められるため、シリーズA以降の段階での活用が現実的。
Q資本性ローンの「自己資本とみなす」とは具体的にどういう意味ですか?▼
会計上は負債として計上されるが、金融機関の自己査定(債務者区分の判定)上では自己資本相当として扱われる仕組み。これにより資本性ローン分だけ自己資本比率が改善した状態で評価されるため、後続のエクイティ調達時にVCとのバリュエーション交渉や、他の金融機関からのプロパー融資審査が有利になる。
Qあおぞら銀行とみずほのベンチャーデットはどう使い分ければよいですか?▼
あおぞら銀行系(あおぞら企業投資)は2019年から国内先行で運営しており、小型〜中型のディール・新株予約権付融資中心。みずほFGは2022年新設のイノベーション企業審査室を経由したシリーズB以降の大型調達向け。一般的にあおぞらは早期ステージ・中規模、みずほは後期ステージ・大規模という棲み分けで考えると整理しやすい。
Qベンチャーデットを実行する際にCFOが特に注意すべき点は何ですか?▼
①新株予約権の行使条件(行使価額・行使期間・希釈化防止条項)を金融機関有利に飲まない、②エクイティ調達契約のターム交渉時にVDの併用方針を事前合意しておく、③返済負担が次ラウンド前のキャッシュフローを圧迫しない金額設計(直近エクイティ調達額の20〜50%が目安)の3点。財務アドバイザーとスタートアップ法務に強い弁護士のレビューを入れることが望ましい。
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